〝山あり谷あり〟のフィリピン語学留学ライフ!!(決意〜実行〜帰国まで)

このコラムをご覧の皆さん、こんにちは。

佐藤仁美と申します。

 

今回は、第2弾として前回予告していた通り、

私がフィリピンでの語学留学を実行に移す過程の中で経験した「苦悩体験について」お話させて頂こうと思います。

 

敢えて、これを記事にしようと思ったのは、世にある留学体験記の多くが、その体験者本人にとっての〝良い面〟しか公表されていないと思ったからです。

例えば、TOEICの点数がUPした。

現地で外国人の友達がたくさんできた。

もっと積極的になれた、、等などです。

そこで、敢えて苦悩経験を記事にすることで、留学に対する同じ悩みを抱いている人たちや、これから留学を考えている人たちの参考になれればいいと願っています。

 

私は、フィリピン留学の準備を大学3年の4月〜大学4年の6月にかけて約1年と数ヶ月間行いました。この期間を〝留学前〟。

そして、大学4年の6月〜9月のフィリピン留学期間を〝留学中〟。

帰国後を〝留学後〟とします。

今回は、その苦難を留学前・留学中・留学後の3点に分けて展開していこうと思います。

 

 

留学前

私の場合、留学前には大きく分けて2つの悩みがありました。

①「留学意志は固まっているのに、お金がない。」

②「留学は、最低でもTOEIC600点くらいないと厳しいという固定観念。」でした。

 

①私は、フィリピンに3カ月間留学しました。費用は大体60〜70万円くらいです。そこで、1年間くらい時間をかけてアルバイトをし、お金を貯めることにしました。

ですが、ここで問題が起こります。

「就いた職場の環境が自分に合わなかったことです。」

ストレス、不安や緊張が多い職場でしたが、初めての長期バイトだったので、費用が貯まらなくても1年間は続けようと考えました。結果、1年を通してやりきることはできましたが、やはり目標金額を貯めることができず、費用の半分を親に援助してもらうこととなりました。

 

②TOEICの点数が直接的に英語の会話力に結びついてると断言はできません。ですが、自分の経験上、やはり点数の高い人の方が、語彙力や単語力などの知識があるため、英語が伸びやすく、そして、スムーズな会話をしているなとは感じました。

色んな留学本や英語の本を見ると、海外に留学に行くには、最低でも日常会話レベルのTOEIC600点くらいないと、、、、といった記事を多く見受けられました。

私は、そういった情報が周りに出回っていたこともあり、留学前はTOEICの勉強を中心に行っていました。

 

 

これらを総じて言えることは、〝目的意識の明確化〟です。

「何のためにアルバイトをするのか。」そのために「いくら必要なのか。」。また、「自分は何を学びたいのか。」、「TOEICの点数を上げることが目標なのか。」などちゃんと目的をしっかりと決めて行動することが大事です。そうでないと周りに左右されてしまったり、大きな障害が訪れたときに対処できないからです。

 

留学中

〝留学〟と聞いたら、華やかで楽しげでカッコいいイメージがあると思います。ですが、留学は決して楽しいことばかりではなく、悲しくも辛くもあるのです。

留学中は、

①「グループレッスンで周りの人たちとのレベルの差を感じ、焦りや不安を感じたこと。」

②「毎日10時間以上の勉強漬けの日々。」

③「フィリピン人講師の先生たちとケンカ。」などなどがありました。

 

①フィリピン留学に来て、最初のレベル分けのテストで10段階のうちの5に値するpre-intermediateのクラスでした。一見すると、普通レベルのように感じますが、実は、レベル5でも相当な実力者ぞろいでした。私以外は、みんなアメリカやオーストラリアで既に留学を経験していましたし、TOEIC780〜860点を所持していたからです。(当時、私は615点。)

英語留学が初めてな上に、TOEICの点数も低かったので、なぜ私がこのグループに選ばれたのかが謎でした。

 

②学校が終わったら毎日自習室で勉強し、トータルで1日に約10〜12時間くらい勉強していました。そのやる気の源が、前述でも書きましたが、60〜70万円の身銭を切ってフィリピンに来たからです。そのため、何としてでも結果を残したいという気持ちが人一倍ありました。

 

③指導してくれた一部のフィリピン人講師の先生たちとケンカをしました。

なぜなら、フィリピン人講師の先生の中には、平気で授業中に音楽を聴いたり、食事をしたり、毎日5〜10分前に授業を終わらせようとしたりする人がいました。発音の授業では、飲み込みが遅い私に「あなたに授業を教えるのは疲れるから、(あなたに)もう授業をしたくない。」と言われたこともあります。

 

 

まとめとして、

他の学生さんに影響されモチベーションを保てたことは良いことでしたが、自分をあまり追い込みすぎないことも大事だと気付きました。根詰めて勉強をしすぎたせいで、帰国最後の週になると日本に帰りたい病にかかってしまい大変でした。

そして、日本とフィリピンの相互の文化の違いもちゃんと念頭に置くことも大事です。フィリピンは日本ではないのだから、もっと気楽に授業を受けられるような姿勢も大事だと思いました。

 

留学後

私が、フィリピンの留学で目的としていたことは、〝英会話習得〟はもちろんこと、海外に出て〝もっと積極的な人間になろう!〟という精神面の目標も掲げていました。

そして、留学を終えて感じたことは、

「精神面の成長を自分の留学目標に掲げた場合、日本でしばらく生活を送ると、また元に戻ってしまうこと。」です。

 

フィリピンで積極的に色々こなしていた(プレゼンテーション、ディスカッション、英会話力を測定するための面接など)私ですが、日本に帰国し、その社会・文化にまた定着していく中で、フィリピンにいたときほどの力や積極性が出せないことに気づきました。

日本は、謙遜や控えめな姿勢が美徳とされている文化なので当然といえば、当然の結果なのかもわかりません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

これが、留学を決意し、実行して、帰国して、感じた自分にとっての苦難だった出来事です。

もちろん、留学を経験したことで、楽しかった思い出やかけがえのない友人もできました。

 

私がここでお伝えしたかったことは、

「〝留学〟は、決して楽しいことばかりではありません。そして、〝留学〟は、行ってからが本番なのではなく、〝留学〟を決意し、その目標に向かっている最中でも、あなたの〝留学〟はもう始まっている。」ということです。

 

留学を考えている皆さん、自分の目標に向かって頑張ってください。

そこで、得た経験は少なからず、大きな財産になるでしょう。

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このコラムを書いた人
佐藤 仁美(Remmie)

佐藤 仁美(Remmie)

人生を模索し続けた大学4年生。“人と違う道を歩むこと“をモットーに、卒業後、フィリピンインターンを決意!現在の目標は、海外移住。現地で生活し、現地の大学院に通って、開発学を勉強すること!世界で一番好きな言語は、中国語。只今、タガログ語も学びながら、英語に磨きをかけようと計画中〜!新規ライターになりたい方はこちらから

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